店主の彦田治正さんは東京出身。島の生活は「ただ石垣に遊びに来て、そのままキャンプしたりして、いいな〜とのんびりしていたらあっという間に時間だけが過ぎてしまっていた」のが始まりだという。パートナーの高木まなさんと移住後、独学で島に自生する薬草の研究を行い、現在市内3カ所の農地でアーユルヴェーダの薬草を栽培。手作りのお茶や石けん、家庭雑貨を販売している。
 取材の日、工房へは彦田さんの先導で、サトウキビ畑の間の舗装されていない道をくねくねと車で走り、ようやく到着。聞けば、宅配業者でさえ迷子になったと連絡が来ることもあるのだとか。川のせせらぎと鳥のさえずりが聞こえる、とても静かな工房だ。(現在は石垣島の北西部に移転)
 テーブルに案内してもらうと、彦田さんが気さくに商品の説明やアーユルヴェーダの起源、薬草の効能や地域によって異なる観念などを話し始めてくれた。柔らかく丁寧なその語り口には、アーユルヴェーダに対する愛着と揺るぎない信念が垣間見える。そうこうしていると、高木さんが「うちのお茶ですよ、どうぞ」と温かいハーブティーを出してくれた。甘い香りと柔らかい味にスーッと気持ちが穏やかになる。


 もともと高木さんが好きだったという、5000年以上の歴史を持つインドの伝統医学・アーユルヴェーダ。島にその専門家が来島した際、石垣島に自生しているツボクサが海外では高い評価を受けていると聞き、栽培に着手した彦田さん。始めはあくまで自らの飲料用として作っていたが、おすそ分けした人からの喜びの声を受け、次第に栽培量を増やしていった。それと同時にアーユルヴェーダへの造詣も深め、学会での講演を頼まれたことも。そうして専門家とのつながりを持つ中で、島の薬草の栽培法を独自に見出し究めていく。「ありがたいことに先生達が石垣に来てくれて、来たら来たで『あれもハーブだぞ』といろいろ教えてくれて。薬草栽培をやってみたいなと少しずつスタートしてきたという感じなのでいつから始めたというのは明確にはないけれど、形になってきたのはここ5年ぐらいですかね。下積みが長いんです」。

 工房の主力商品はハーブティーのツボクサとトゥルシー。ツボクサは国内では亜熱帯の石垣島でしか作られていないといい、「若返りのハーブ」として世界中で愛飲されている。(一時期、もだま工房では苗の無料配布などを行い、ツボクサの普及活動をしましたので、今では国内でもあちこちで栽培が始まっています。ですが、まだ、商品化された国産品は石垣島のみ)トゥルシーはその薬効を挙げれば膨大なリストができるとも言われ、直訳すると「比類無きもの」を表す万能茶。近年放射線に対する防護作用があることがメディアで公表され、注目を集めている。どちらも生産が間に合わないほどの人気商品だ。


 もだま工房のこだわりは、科学肥料や科学農薬を一切使わない自然農法で、基本的には自身で栽培しているもの(  )を使って商品化すること。安い外国産のハーブにも頼りたいところだが、ハーブや薬草のとても低い国産自給率を高めたいという思いと安心・安全の観点からもそこは一切妥協しない。農地はグリーンベルトの設置などで畑からの赤土流出を防止するなど、徹底するのは自然界のバランスを崩さないこと。その取り組みの様子は何度か大学の研究グループの視察を受けるほどだ。「自然に近い農法とそうやって作られた商品を通して、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上に貢献したいなと思っています」と彦田さん。「人と自然の理想的な共存を模索し、誰もが健康で幸せな心が持てる社会へ貢献するのだという意気込みで(笑)商品化を行っています。」

 彦田さんと高木さんが島に移住したのは20年程前。移住の決め手の一つは、(当時は)漁業権がゆるかったことだという。「自由に潜ってサザエ採って食べてもいい場所なんて、日本中でこの辺と八丈くらいじゃないでしょうか。だから、なんていい場所なんだろうと」。島へ来た当初、仕事の休み時間に仲間と海へ行き、何かしらおかずになるものを採って帰ることもしばしば。漁業に限らず、島は人間の生活と食べ物の距離がすごく近かったいう。
 「冗談でよく、石垣島は仕事さえしなければ食べるのに困らないって言ってましたね」と続ける。仕事をしていると食べ物を採る時間がなくなるが、暇なら海や山など食べ物を取りに行ける自然がすぐ近くにあるからだという。島の人は自給自足の知恵を自然な形で取り入れながら、巧みに生活してきた。「見たことのない植物を見付けた時、おじーおばーに『あれはな〜に?』と言うと『あれは◯◯で、こうすると食べられるよ』って教えてくれる。また珍しいカニがいるから『あれはな〜に?』と聞くと、『ああ、あれは食べられんから捨てれ』とか・・・別にそんなこと聞いてないけどって(笑)。食べられるかどうかっていうそういう基準で色んなことを教えてくれた。島は手と口の距離が近かったんです。それが当時の自分にとってはすごく新鮮で、やっぱりこういうのが人間の本来の生き方なのかもしれないな、と」。

「そして、自然のものをいただくというのは、全て自己責任。もしかしたら、いたんでいるかもしれないし、知らないものは毒があるかもしれない。それを自分の五感で判断していただくんです。判断を間違っても誰にも文句は言えない。そして人が食べるものは全て命があるもの。命をいただき自分で殺して食べるのだから、決して無駄なことはできない。そういうことを理屈ではなくダイレクトに感じさせられます。その感覚がとても大切で、少し前までは誰もが持っていたものだと思います。


 現在、商品の販売はオンラインが中心。お客さんからの「目の前が明るくなった」「気持ちが穏やかになった」などという反響やリピーターも多く、常に注文に追われている。「間に合わなくてパートさんに来てもらったりしています。スローライフに憧れて来ているはずが、スローライフは実は忙しいんですよ」と苦笑い。

 「自然を相手にする栽培もアーユルヴェーダも学べば学ぶほど難しい」「今でも暗中模索しているし、きっと一生悩んでますよ」と話すふたり。夢は「石垣島にアーユルヴェーダの森を作ること」だという。薬草に興味がある人はたくさんいるが、何から始めればいいか分からない人も多い。本土の学生が石垣にアーユルヴェーダのハーブを学びに来ることも。そんな人達のためにも、もっと島の薬草に親しめるような森が作りたいと考えているのだとか。 「石垣は薬草を学ぶ人達が来るのに価値がある場所なんです。そしてまた石垣島には石垣島の薬草があり、内地には内地の薬草がある。そういったネットワーク作りだとか、皆が薬草に親しめるような環境作りのお手伝いができればいいなと思っているんです」
 そう遠くない将来、この島にのんびり読書やヨガを楽しんだりできる、アーユルヴェーダの憩いの森ができるかもしれない。(了)文:前花麻子
写真:糸洲寛磨

石垣島アーユルヴェーダハーブ園 もだま工房:〒907-0021沖縄県石垣市桴海478 TEL:0980-88-2494 (ウェブサイト